山口地方裁判所 昭和27年(行)15号 判決
原告 久保正毅
被告 国
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一、原告の主張事実
原告は請求の趣旨として別紙目録記載の土地に対し被告がなした買収処分は無効であることを確認する訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、其の請求原因として次の通り陳述した。
被告は昭和二十二年十二月二日原告所有に係る別紙目録記載土地中田及畑について、昭和二十三年十二月二日同目録記載土地中宅地について、夫々自作農創設特別措置法(以下自創法という)の規定による買収処分を行い、原告は前者について昭和二十三年四月十五日頃、後者について昭和二十四年二月八日頃、各買収令書の交付を受けた。併しながら右買収処分は左記の如き理由により当然無効のものである。即ち本件土地はすべて原告の祖先伝来のものであつて、原告は同所に於て出生し、出生以来大正十五年小学校を卒業し、昭和三年先代死亡に至る迄先代及家族と共に同所に居住し、右土地を耕作して生活を続けて来たものであるが、其の後原告は就学のため単身大阪市に在住することになつたので、爾後は原告の母及その家族をして引続き右土地を耕作せしめて来たところ、昭和六年に至り原告の母が死亡し、更に昭和十一年には原告の弟及姉が相次いで死亡したので、同所に居住する原告の家族は原告の次弟及末弟のみとなつたのであるが、右両名も間もなく縁組により他家に入り而も相前後して応召するに至つたので、原告は単身戸主となり、同所に居住して右土地を耕作する者は全然無くなつてしまつたのである。そこで原告は帰農すべく準備中昭和十四年中遂に原告自身も召集を受けたため、原告の一族は挙げて応召の身となり、現地に居住して本件土地其の他原告家の財産を管理すべき留守担当者は皆無の状態に立至つたので、原告は已むなく養家先より応召中の次弟の妻訴外上田秀子を留守担当者として部隊に届出ると共に納税管理人として現地村長に届出たのであるが、(其の後原告は納税管理人を訴外山本熊市に変更した)原告は昭和十七年中召集解除後も戦病のため健康勝れず静養中、昭和二十年三月に第一次大阪全市夜間大空襲に遭遇し瞬時にして衣食住を烏有に帰した上職を失つた結果、罹災者収容所より直ちに郷里に強制送還せられるに至つたのである。これがため原告は本件土地上に建設されていた原告所有の家屋を唯一の住居とたのみ、且つ本件土地を自ら耕作すべく帰郷したところ、右家屋は何人かの手により解体せられて跡形もなく、且つ右土地中字平沼田及上平沼田所在の地上には日本人の一家族が、又字芝尾所在の地上には朝鮮人の一家族が夫々勝手に住宅を建築してこれに居住し、且つ何れも右各土地を不法占拠してこれを耕作している事実を発見したのである。(後日に至り右家屋の解体は訴外藤井直喜及同石田薫等の共同不法行為に因り生じたことが判明したので、原告は右両名を相手取りこれが損害賠償請求の訴を提起し、目下昭和二十七年(ワ)第八四号事件として御庁に繋属中である。)元来原告は応召不在中と雖も本件土地を何人に対しても使用耕作せしめたことはなく、況んや同地上に他人をして住宅を建築居住することを許容したことはなかつたので、右事実を発見して大いに驚き、該事実を生ずるに至つた事情を調査した結果、本件土地中字平沼田及上平沼田所在の土地に対する不法占有については訴外藤井直喜及同石田薫が、又字芝尾所在の土地に対する不法占有については訴外山本旻変及同坂恂助が、それぞれ関係していることを探知するに至つたので、原告は数回に亘り本件土地の不法占有者である右訴外人等を歴訪して建物の収去及土地明渡方を請求したところ、いづれも言を左右にしてこれに応じないので、昭和二十二年三月十四日訴外西厚保村農地委員会を経由して訴外山口県知事に宛て陳情書及土地引上許可申請書を提出し、本件土地は自創法の規定による買収の対象ではないから買収より除外され度き旨を陳情すると共に、本件土地引上につき農地委員会の斡旋により地方長官の許可を受けることを申請したのである。ところで右西厚保村農地委員会は原告の右陳情及申請に基ずき数回に亘り委員会の会議を開き関係者一同を招致して事情を聴取し、前述の如き本件土地に対する不法占有の事実を確認していたにも拘らず、斯る他人により無断耕作占拠せられている土地であつても自創法第三条第一項第一号に規定する小作地に該当するものと誤認し、同条の規定に反し本件土地中田及畑に対する買収計画を樹立し、被告は右違法の買収計画に基ずき前記の如く昭和二十二年十二月二日右田及畑に対し買収処分を行つたのであるが、更に同委員会は本件土地の不法占有者たる訴外藤井直喜の違法の買受申請に基ずき同法第十五条第一項第二号の規定に反し、本件土地中宅地に対する買収計画を樹立し、被告は右違法の買収計画に基ずき前記の如く昭和二十三年十二月二日右宅地に対し買収処分をなしたものである。仮に本件田及畑に対する右買収処分が該土地が自創法第三条第一項第一号に規定する小作地に該当するものとして行われたものでないとしても、本件田及畑の現況より見るときは同法による買収処分の基準日である昭和二十年十一月二十三日に遡つても無権利者による不法占有の事実には何等の変化なきものと謂うべく、斯る土地が同法による買収処分の対象となる旨の規定は同法中どこにも発見できないのであり、従つて本件宅地が同法第十五条第一項第一号に規定する宅地に該当せず、買収対象とならないことも亦右と同様である。以上何れの点よりするも、本件土地に対する買収処分が適法にして有効であることの法的根拠を発見することは不可能であり、その無効たるや言をまたないところであるから、原告はこれが無効たることの確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。
本件土地に対する買収処分は、前述の如く他人の土地の不法占有者を正当な小作人としこれがため小作地でないものを小作地と誤認し、自創法第三条及第十五条の規定によつては不可能であるに拘らず、敢てこれを適用してなされた行政行為である。即ち本件買収処分は右の如く元来買収の目的たり得ないものを買収の目的たり得るものと誤認してなされたものであつて法律上当然無効の行為であるから、行政行為として観ても其の内容自体に瑕疵があり、法の定めた要件を欠く違法の行為であると同時に、又本件買収処分は原告の土地所有権を侵害したばかりでなく、他人の土地の不法占有者を保護する結果を招来し、正当な小作人を保護することを目的とする自創法の法意に反し且つ公益に反する不当の行為である。従つて本件買収処分は行政行為としての効力を全然生じ得ない当然無効の行為であるから追認によつてその効力を生じ得ないと同時に、いつまで経つても無効であり、時効によつて有効となることもなく、又出訴期間の制限にも服さないものである。而して本件訴訟は斯る無効の行政行為の無効の宣言としての確認判決を求めるものであつて、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求めるものではないから、本件訴訟については行政事件訴訟特例法は単に同法第一条後段、第八条、第九条及第十二条等に規定する職権による訴訟参加、職権証拠調、確定判決の拘束力に関する特例等の適用があるに過ぎず、其の他に規定する訴願前置主義、被告適格、専属管轄、出訴期間及請求理由があつても棄却する場合その他の特例は、一切その適用なく、これらはすべて同法第一条後段により民事訴訟法の規定によるべきものと謂わなければならない。されば原告が被告を国とし御庁に対し本件買収処分が無効であることの確認判決を求めんとする本訴請求は民事訴訟法の定める訴訟成立要件及訴訟上の権利保護要件を悉く具備する適法の訴であること言をまたないところである。尚消極的確認の訴に於ける原告敗訴の本案判決は訴訟物である権利又は法律関係の存在を確認する判決であることは明かであつて、本件訴訟に於て原告の請求を棄却する判決は本件買収処分が有効であることの確認判決に外ならないのであるから、本件訴訟に於ては買収処分が無効であると主張する原告に於て無効たることの立証責任を負うのではなく、これが有効であることを主張する被告に於て有効たることの立証責任を負うものと謂うべく、又本件土地が原告の所有地であること、及これを自創法の規定によつたと称して買収処分をした事実はいずれも被告に於てこれを承認しているところであるから、原告が本件訴訟に於て右買収処分が無効たることの確認の利益を有することは当然であり、原告に於てこれを証することを要しないものと謂うべきである。
更に原告は被告指定代理人の答弁に対し次の通り抗弁した。
被告指定代理人は本件田及畑に対する耕作は当初事務管理により開始せられ、後に使用貸借関係が成立したもので、即ち該田及畑は何れも小作地であるから本件買収処分は適法であり、従つてこれに基く本件宅地の買収処分も亦相当であると主張するけれども、本件田及畑については後述の如く事務管理並に使用貸借関係は何れも成立しないのみならず、前述の如く耕作者等は本件田及畑を耕作するにつき必要なる何等の権限を有せず、又本件宅地は右不法耕作者等が勝手に無断使用しているものであつて、本件土地はすべて無権利者による不法占有地であり断じて適法なる権限による占有地ではないのである。元来事務管理が成立するためには管理者が本人の利益を図る意思を以つて且つ本人の利益に適する方法で事務の管理を始めなければならないし、又本人の意思を知り又は知り得べきときにはその意思に適する様に管理しなければならないのであるが、被告指定代理人が本件田及畑の事務管理者と称する訴外石田薫及同坂恂助は何れも本人たる原告の利益を図る意思を以つて該田及畑の耕作を始めたものでは断じてなく、専ら自己の利益を図る意思を以つて耕作を開始し、且つ自己の利益に適する方法で耕作を継続したものであつて、即ち右両名は何れも原告の応召不在中、本件土地所有者たる原告に無断でこれを耕作収益し、後には他人に耕作せしめ、且つ耕作者に対しそれぞれ住宅を建築居住せしめて小作料を収受しつつあつたばかりでなく、本件土地を耕作占拠することは帰農せんとする本人のため不利益であり、本人の意思に反することを知悉しながら本件土地を本人たる原告に明渡すことを拒み、依然として訴外藤井直喜及同山本旻変をしてそれぞれ不法耕作占拠を継続せしめていたものであるから、本件土地について被告指定代理人主張の如き事務管理が成立する謂れはないのである。又原告は前述の如く昭和二十年以来本件土地の右各不法占有者等に対し直接建物の収去及土地の明渡を要求しつつあつたばかりでなく、訴外西厚保村農地委員会を通じてこれが引上方を請求しつつあつたのであるから、本件土地について被告指定代理人主張の如き双方の同意による使用貸借関係が成立する余地は全然存しないことは明かである。そもそも小作権は契約によつて他人の田畑を耕作する権利であることは民法の明言するところであり、更に自創法第二条はこれを具体的に列挙しておるが、一方事務管理とは義務なくして他人の財産を管理する行為であつて民法第六百九十七条以下に規定するところである。故にいわゆる小作地と事務管理の目的たる田畑とは判然区別があつて、両者を混同すべからざるは当然であるが、自創法第三条第一項第一号は小作地のみに適用があり、事務管理の目的物には適用がないことは同規定によつて明白である。而して本件土地の耕作者等は前述の如く不法占有者であつて、事務管理者たる要件を具備しないものであるが、仮に被告指定代理人主張の如く彼等が本件土地の事務管理者であると仮定してもその小作人とはなり得ず、従つて本件土地が同法第三条第一項第一号に規定する小作地でないことは当然である。次に被告指定代理人は仮に本件土地が小作地でないとしても該土地は現状農地であつて、現に耕作の業務に供せられ、且つ耕作者が原告以外の者で、而もその耕作開始が善意にして無権限でもない本件の様な場合に於ては小作地でないものを小作地と認めた程度の瑕疵は行政行為たる本件買収処分の当然無効を来さないと主張するけれども、本件土地が現状農地であり耕作者が原告以外の者であつたことは要するにこれに対し不法占有が行われたことの証左であり、その当然の帰結であつてこれによつて本件買収処分の有効理由とならないことは謂うまでもなく、更に又原告が本件土地所在村である美禰郡西厚保村内に居住しないで隣接する厚狭郡厚狭町内に居住せざるを得なかつた理由は、前述の如く本件土地の原告所有家屋を該土地の不法占有者である訴外藤井直喜及同石田薫が違法に解体処分したためであり、原告は右事実を発見後親戚知己を介して右西厚保村内の住居可能な建物の賃借に奔走しつつあつたところ、その運びに至らない間に本件買収処分が行われたものであつて、斯る事情の下に原告がいわゆる不在地主であつたことのみを以て、本件田及畑が自創法第三条による買収対象である小作地その他の農地とならないことは勿論であり、従つて本件宅地も亦同法第十五条による買収対象とならないことは当然と謂うべきである。而も本件土地の買収計画を樹立した訴外西厚保村農地委員会は前述の如く本件土地に対する不法占有の事実を知悉しながら、敢てこれを断行したのであつて、斯る違法不当の買収計画に基いてなされた本件買収処分も亦行政行為として違法不当のものであり、到底有効たり得ない当然無効の行為であつて、何十年を経ても有効となる理由はなく、これに適用する時効なるものは存しないことは前段に於て詳述する通りである。
第二、被告の答弁事実
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り陳述した。
別紙目録記載の土地が原告の所有であること及該土地について自創法による買収処分が行われたことはいずれもこれを認めるが、その他の事実はこれを争う。即ち本件土地中西厚保村大字厚保原字上平沼田及同所字平沼田に所在する十二筆の土地(以下第一土地という)は次に述べる如き理由により小作地である。原告先代彌四郎は財政不如意に陥り、頼母子に救済を求め、その返済金の担保として第一土地に抵当権を設定し、訴外石田薫先代はその頼母子講員であつたところ、原告先代は右石田先代より別個に借金をしており、その返済担保として同土地に二番抵当権を設定していたが、原告先代は大正十三年頃から本件土地所在地たる故郷を出て、他所へ行き、その後帰郷しても病臥し遂に昭和三年頃死亡したのであるが、爾来若年の原告を始めその家族等は他所へ出て故郷を省みない結果、本件土地は大正十三年頃から全く荒廃に帰してしまつたのである。ところが昭和十五年頃から世を挙げて食糧増産のため寸土天地も無為に遊ばせておくわけにもゆかない時勢となつたが、右石田先代は原告家と親族の間柄ではあり、又前記の様な貸借関係もあつたので、頼母子の総代とも協議の上、十数年間荒廃に任されていた第一土地を開墾して耕作することになつた訳であるが、同人は一年間位耕作した後、これを朝鮮人某に耕作せしめ、終戦によりその朝鮮人が帰国するや、更にこれを訴外藤井直喜に耕作せしめて現在に至つた次第である。右の如き事情であるから、右石田先代は第一土地に対し善意を以つて原告のために先ず事務管理をしたもので、そのため原告の財産は全体として価値を増加したのであるが、その後、原告は度々墓参のために帰郷した際、該土地が開墾され耕作されている事実を知悉しながら、その価値が増加されるが故に黙認して来たのであつて、その限りに於て原告及同人等間に於て該土地について使用貸借関係が成立した訳であり、従つて該土地は自創法に規定する小作地となつたことは明かである。次に本件土地中西厚保村大字厚保原字芝尾に所在する一筆の土地(以下第二土地という)も亦次に述べる如き理由により小作地である。大正末期頃原告先代彌四郎、訴外坂恂助先代及同石田薫先代等により頼母子講が成立し、原告先代は直ちに頼母子金を受取つたが、同人の頼母子掛金の返済を保護するため右坂先代及石田先代はその保証人となり、第二土地をこれが担保に充てたところ、原告先代はその後右掛金の返済をしなかつたため、該債務は保証人たる右坂先代及右石田先代に於て負担するの已むなきに至つたので、右両名は該債務年間金六十六円の支払を保証人として履行する必要から、担保物件たる第二土地を共同して開墾することになつたのである。其の後右坂及石田の住所が該土地の所在地と部落を異にするため耕作上不便であつたので、右石田は耕作を止め、右坂のみ耕作を続けたが、昭和十五年頃右坂が応召により労力不足となつた結果、その耕作を朝鮮人某に任せたところ、昭和二十年頃この耕作者も帰国したので、更にこれを訴外山本旻変に耕作せしめて現在に至つた次第である。斯の如き事情であるから、第二土地も第一土地について述べたと同様にその耕作は先ず事務管理により開始せられ、後に使用貸借関係が成立した訳であつて該土地も亦自創法に規定する小作地であることは当然である。而して原告は昭和二十二年及同二十三年中本件土地の所在地外である厚狭郡厚狭町内に居住し、山口銀行厚狭支店に勤務していたいわゆる不在地主であつたため、その所有する本件土地はすべて自創法第三条第一項第一号及同法第十五条第一項第二号に該当するものと認定せられ、本件土地中田及畑について昭和二十二年十二月二日附、宅地については昭和二十三年十二月三十一日附を以つて、買収した農地買収計画はいずれも適法であり、これに基ずいて前者について昭和二十三年五月二十一日、後者について昭和二十四年三月一日に、原告に交付した各土地買収令書による買収処分亦適法であつて、毫もこれを違法不当とする理由は存しないと謂うべきである。
仮に本件農地が賃貸借又は使用貸借等による自創法に規定する小作地でないとしても本件土地はすべて現状農地であり、現に耕作の業務に供せられ、且つ耕作者が原告以外の者で、而もその耕作開始が前記の如く善意にして無権限でもない本件の様な場合に於ては、たとえ小作地でないものを小作地と認めたとしてもこの程度の瑕疵は行政行為としての本件買収処分の当然無効を来さないものと考うべきであり、此の点に関する原告の主張は容易に是認し難きものである。
以上いずれの点よりするも、原告の本訴請求は失当であつて被告は到底これに応ずることはできないのである(立証省略)。
三、理 由
別紙目録記載土地が原告の所有であることは当事者間争のないところであるが、成立に争のない甲第三号証の一、二、同第四号乃至同第九号証及乙第一号証の一乃至十三の各記載並に証人坪井義明、同石田薫、同藤井直喜、同坂恂助及同山本熊市の各証言に当事者弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地は元来原告の祖先伝来のもので農地であつたが、原告先代彌四郎は財政上の失敗をしたので頼母子講を作り、講金を借受けて一時を凌いだ上、その講金債務の担保として本件土地中西厚保村大字厚保原字上平沼田及同所字平沼田に所在する十二筆の土地(以下第一土地という)に抵当権を設定し、尚訴外石田薫先代武槌(原告先代と義理の兄弟)外二、三名に於て該債務の保証人となつたところ、原告先代は右講金債務の償還が出来ずに、大正十三年頃本件土地所在地たる故郷を立出で他所へ行き、其の後帰郷しても病臥続きで、遂に昭和三年頃死亡したのであるが、その後原告は就学のため単身大阪に在住することとなり、又その家族等は死亡又は他出して故郷を省みない結果、本件土地は大正十三年頃から全く荒廃に帰してしまつたところ、右石田先代は原告先代の前記講金債務の保証人としての責任もあり、又時局の要請もあつて、頼母子の総代とも協議の上数年間荒れるに任されていた第一土地を開墾して耕作することになつた訳であるが、同人は一年間位耕作した後、これを朝鮮人某に耕作せしめ終戦によりその朝鮮人が帰国するや、更にこれを訴外藤井直喜に耕作せしめて現在に至つた事実、及大正末期頃原告先代彌四郎、訴外坂先代及同石田薫先代等の間に総高金一千五百円の頼母子講が成立し、原告先代は直ちに頼母子金を受取つたので、右坂先代及石田先代の両名に於て同人の頼母子返掛債務の保証人となり、本件土地中西厚保村大字厚保原字芝尾に所在する一筆の土地(以下第二土地という)をこれが担保に充てたところ、前記の如くその後原告先代は財政上の失敗のため、右返掛債務の償還ができず、更に同人の死亡及一家離散という状態になつたため、該債務は保証人たる右坂先代及石田先代両名に於て負担するの已むなきに至り、右債務の抵当物件である第二土地を引受けることになり、抵当物件の価値の増加と、該債務年間金六十六円の支払を履行するため、右両名が共同して該土地を開墾することになつたのであるが、同人等の住所が該土地の所在地と部落を異にするため、耕作上不便があつたので右石田は耕作を止め、右坂のみ耕作を続けたけれども、耕作による収入は僅少で年間金六十六円の支払ができず抵当権者に抵当物件の処分を依頼した様なこともあつたが、その内昭和十五年六月頃右坂は応召するに至り労力不足となつたので、その耕作を朝鮮人某に任せたところ、昭和二十年頃この耕作者も帰国したので、更にこれを訴外山本旻変に耕作せしめて現在に至つている事実をそれぞれ認定し得るところ、更に前記各証拠を綜合すれば、前記認定の如く原告は昭和三年頃父が死亡した後、就学のため単身大阪に在住することになつて以来、殆ど郷里との関係を断ち、その後応召及疾病等の事情もあつて帰郷したこともなく、又親戚等に本件土地等の管理を依頼したこともなかつたところ、昭和二十年三月に大阪全市夜間大空襲に遭遇して衣食住を烏有に帰した上、職を失つた結果罹災者収容所より直ちに郷里に強制送還せられるに至つたが、原告は帰郷後、本件土地が前記認定の如く、訴外藤井直喜及同山本旻変によりそれぞれ耕作せられている事実を知つたので、同人等に該土地の明渡方を請求したけれども、話が纏らなかつた結果、昭和二十二年三月十四日訴外西厚保村農地委員会を経由して訴外山口県知事に宛て陳情書及土地引上許可申請書を提出したところ、右西厚保村農地委員会は該陳情及申請に基ずき数回に亘り委員会の会議を開き関係者一同を招致して事情を聴取した事実を認定するに足りるのであつて、以上各認定を覆すに足る措信できる証拠は存しない。そこで先ず被告指定代理人は右の如き事実関係よりすれば本件土地に対する耕作は先ず事務管理により開始せられ、後に使用貸借関係が成立したものであり、従つて該土地中田及畑は自創法第三条第一項第一号の小作地であり又同土地中宅地は同法第十五条第一項第二号に該当する宅地である旨抗弁するので判断すると、元来事務管理が成立するためには民法第六百九十七条以下に規定する如く、管理者が本人の利益を図る意思を以つて且つ最も本人の利益に適する方法で事務の管理をなすことを要するし、又本人の意思を知り又は知り得べきときにはその意思に適する様に管理をしなければならないし、且つ本人が管理の事実を知つている場合を除き遅滞なく本人に対し管理を始めたことを通知する義務があるところ、前記認定の如き事実関係よりすれば本件土地の耕作者等が右の如き意思、方法を以つて該土地の耕作を始めたものとは認め難いので、該土地に対する耕作が先ず事務管理により開始せられたとの前記抗弁は直ちに採用し難いのであるが、仮に右事実を認め得るとしても義務なくして他人の財産を管理する事務管理と当事者の合意により他人の土地を耕作する小作関係とは別異の法律関係で事務管理の目的物たる田畑が直ちに小作地と認められないことは謂う迄もなく、自創法第三条第一項第一号の小作地たるがためには耕作者が賃借権、使用貸借による権利等により、その業務の目的に供している農地であることを要するところ、前記認定の如き事実関係よりすれば、本件田及畑に関し、その所有者たる原告と耕作者等との間に於て明示の賃貸借又は使用貸借関係を認め得ざるは勿論暗黙の使用貸借関係をも認めることができず、却てその反対の事実すら推知され、本件田及畑が自創法第三条第一項第一号に規定する小作地であり又本件宅地が同法第十五条第一項第二号に該当する宅地とはたやすく認め難く、従つて此の点に関する被告代理人の前記抗弁は到底採用し難きものと謂わざるを得ないであろう。
而して原告が昭和二十二年及同二十三年中本件土地の所在地外である厚狭郡厚狭町内に居住して居たこと、及本件田及畑がいわゆる不在者の有する小作地として自創法第三条第一項第一号に該当するものと認定せられ、これにつき訴外西厚保村農地委員会に於て樹立した買収計画に基ずき、被告が昭和二十二年十二月二日買収処分を行い、原告に於て昭和二十三年四月十五日頃(被告指定代理人によると同年五月二十一日)該買収令書の交付を受けたこと、並に本件宅地が同法第十五条第一項第二号に該当する宅地と認定せられ、これにつき同委員会に於て樹立した買収計画に基ずき被告が昭和二十三年十二月二日(被告指定代理人によると同年十二月三十一日)買収処分を行い、原告に於て昭和二十四年二月八日頃(被告指定代理人によると同年三月一日)該買収令書の交付を受けたことはいずれも当事者間争のないところであるが、前記認定の如く本件土地が右各法条に規定する小作地及宅地に該当しない本件に於ては右各買収処分はいずれも法規違反の性質を有するものであり、行政行為としては重大なる瑕疵を蔵するものと謂わなければならない。次に原告は本件買収処分は自創法の規定に違反すると同時に、同法の法意にも相反する違法不当の行為であり、行政行為としての効力を全然生じ得ない当然無効の行為であると主張するので判断を進めると、元来行政行為が当然無効とされるためには、其の行為に内在する瑕疵が重要な法規違反であつて、且つその存在が客観的に極めて明白であるか、又は行政庁に於てその行為が重要な法規違反であることを知りながら、敢て違法な行為をなしたことを要するのであつて、その瑕疵の存在が明白でなく、行政庁又は裁判所の審議を経た認定をまつて初めて決定される様な場合はその行政行為は単に取り消し得るに過ぎないものであるところ、当事者間争なき本件土地が現状農地であり、現に耕作の用に供せられ、且つ耕作者が原告以外の者である事実、及前記認定の如く本件土地の耕作者が耕作の当初善意であり、耕作を継続するについて相当なる理由があつた事実等に徴すれば、本件土地が小作地でなく耕作者は正当な権限を有する小作人ではないとの事実は、客観的に明白でないと共に本件買収処分をなした行政庁に於てその重要な法規違反であることを知悉しながら、敢てこれをなしたとの事実を証する何等の証拠も存しないので、本件買収処分は法規違反の重大なる瑕疵を蔵するとはいえ、行政行為としての効力を全然生じ得ない当然無効の行為とは謂い難く、単に取り消し得るに過ぎないものであるから此の点に関する原告の前記主張は竟に採用し難いとの結論に到達せざるを得ないのである。
そこで本訴請求は結局認容することができないのでこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 御園生忠男 稲光一夫 宮崎富哉)
(目録省略)